沖縄でフランス料理店ラトリエを営む料理人「島袋司」とは?フレンチ界の大御所である三國清三との関係とは?

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情熱大陸に登場する沖縄で「Latlier(ラトリエ)」というフランス料理店を営む料理人「島袋司」さん。

今回は島袋さんと師匠である三國さんについて色々と調べてみました。

島袋司さんとは?

島袋さんは沖縄生まれで、なんと父親が沖縄の名門ホテルの総料理長を27年間務めたとい言います。料理人一家ですね。

料理の専門学校を卒業した後、東京四ツ谷の「オテル・ドゥ・ミクニ」のシェフで日本フランス料理界の大御所とも言われる三國清三さんのもとで7年間修行したそうです。

かなり厳しかったようで途中3度は逃げ出したようです。しかし、ポワソニエ(魚担当のメインシェフ)まで務めました。

その後2008年那覇で「Latlier(ラトリエ)」をオープンしました。





三國清三さんとは?

三國清三は、は洋食料理家で、北海道出身。

漁師の父と農家の母の間に7人兄弟の三男として産まれます。現在は東京四ツ谷の「オテル・ドゥ・ミクニ」等のオーナーシェフをしています。

日本フランス料理技術組合代表や北海道食大使、北海道白老アイヌ食文化大使、フランス農事功労章オフィシェ章受章するなど多数の食に関する役職を務めています。

経歴を調べるととってもすごいことがわかります。調理師学校に通った後、札幌グランドホテルので修行を始めるのですが、なんと2年後の1971年には、札幌グランドホテルの総料理長に紹介状を書いてもらい帝国ホテルへ行くことになります。

1973年、20歳の時に帝国ホテルの村上信夫料理長の推薦で、駐スイス日本大使館の料理長に就任します。20歳で就任なんてすごすぎますね。

村上信夫さんのエピソード(村上信夫著「帝国ホテル厨房物語」(日経ビジネス人文庫))によるとその時正社員枠がなくパートタイマーしかなかった。しかし、やる気があり、よく気がつく男だったとのこと。一生懸命で、欲もあった。

駐スイス日本大使館へ赴任する小木曽さんが「専属コックにいい人はいないか」と村上さんに打診してきた時の候補として、三國を選んだと。

この時三國さんは20歳で帝国ホテル内では、鍋や皿洗いをする見習いで料理を作ったことがなかったといいます。しかし村上さんが三國さんを選んだ理由が、鍋洗い一つとっても容量とセンスが良く洗浄のような厨房で雑用をしながら、下ごしらえや盛り付けを手伝い、味を盗んだと。シェフの段取りを見極め、いいタイミングでサポートをする。

そして一番認めていたのが、塩の振り方だったといいます。厨房では、塩振り3年と言われていたが、三國さんは素材を見極め、じつに巧みに塩をふっていたと。実際に料理を作らせてみなくても、それで腕前のが分かったといいます。

こんな若くしても才能とセンスに溢れていたんですね。





三國清三さんのレストラン

オテル・ドゥ・ミクニ
東京・四ツ谷にある一軒家フレンチレストラン。

オンラインショップ メゾンミクニ
珈琲や焼き菓子などのギフトが変えるオンラインショップ。

カフェ ミクニズ
リーズナブルな価格で楽しめるカフェ。

ミクニ ヨコハマ
横浜スカイビル最上階にあるダイニング。

どのお店も素敵ですね。

島袋司さんのレストラン

フレンチレストラン ラトリエ

沖縄の食材のを活かしたフランス料理ということで、地元では高評価みたいです。

営業時間が以下の通り短めです。
ランチタイム:12:00~15:00(L.O)13:30
ディナータイム:18:00~23:00(L.O)22:00

ご予約がお勧めということです。
→098‐862-8167

まとめ

三國シェフがここまですごいということがわかったので、島袋さんもかなりの腕の持ち主かと思います。

沖縄に行かれた際には、ぜひ行ってみて下さいね。

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