オリンピックおじさん(本名山田直稔)の仕事は浪速商事の会社会長で金持ち?年齢や相撲の迷惑応援も死亡で寂しい?



オリンピックおじさんとして親しまれた山田直稔(やまだなおとし)さんが、心不全により92歳で亡くなりました。

オリンピックは14大会連続、母校の甲子園や大相撲までも応援に駆けつけるなど、50年以上も応援に出かけていたそうです。

今回はそんな山田直稔さんのプロフィールや会社についてなどまとめてみました。

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オリンピックおじさんが死去

「オリンピックおじさん」の愛称で親しまれた南砺市井波地域出身の実業家、山田直稔(やまだ・なおとし)さんが9日、心不全のため、入院先の都内の病院で死去した。92歳。自宅は東京都千代田区三番町9の1の807。

山田さんは富山市立工業学校(現・富山工業高校)を経て、日本大工学部を卒業した。1960年に都内でワイヤーロープ卸売業の浪速商事を設立。同社会長を務めていた。

葬儀は15日に近親者のみで行った。同社と家族が4月16日、東京都江東区の東京木場ホテルで「お別れの会」を開く。受け付けは午後2時から同8時まで。香典は辞退する。

出典:北日本新聞社

92歳という年齢ですが凄い長生きですよね。結婚しているかは不明ですが、もし家族がいるとすればひ孫くらいはいそうな年齢ですね。個人的には全然この方は誰なのか知らなかったのですが、ネットをみると皆さん知っている有名な方のようでした。

長年応援に駆けつけていたことやシルクハットにセンス目立った印象からテレビでも紹介されたことが度々あったようですね。

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オリンピックおじさんのプロフィール

名前:山田直稔(やまだなおとし)
生年月日:1926年4月16日
年齢:92歳
出身:山県東礪波郡井波町(現南砺市)
住所:東京都千代田区3-9-1-807

オリンピックおじさんこと山田さんは、富山県出身で浪速商事株式会社の会長の方です。92歳という年齢でも応援にかけつけ、さらに会社の会長までしているこのパワーは凄いものがありますよね。

学歴は、富山県立富山工業高等学校そして日本大学工学部建築学科ということです。卒業してから、ワイヤーロープ業界で仕事をした後に、「浪速商事株式会社」を設立します。

この会社もワイヤーロープについての業務内容であり、調べるとロープに関する会社として特化している所がこれまで残ってきた理由みたいですね。

その後、ホテルや不動産業もしていたそうですよ。

会長ということなので、中々のお金持ちだったと思われます。

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オリンピック応援の実績が凄い

山田さんが初めてオリンピックの応援に行ったのは1964年の東京オリンピックだったと言います。これ以降ずっと欠かすことなくオリンピックの応援に駆けつけていたそうです。

夏季オリンピックでは14大会連続で応援に駆けつけたというとてつもない記録も持っています。日本人でこれだけ長くオリンピックの応援に行った人はいないと思われますね。

ちなみにこれまでにかかった費用は、1大会1000万円でこれまでに数億円のお金を使ってきたそうです。お金持ちだからこそできますよね!

個人的には2020年の東京オリンピックの応援に行って最後を遂げてほしかったなと思います。1964年の東京オリンピックが初応援だったということなので、2020年の東京オリンピックは良い締めくくりになったはずです。

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大相撲の応援では迷惑に思われていた?

しかしそんな中、山田さんは大相撲の応援にもかけつけていたそうなんですが、大相撲での応援は迷惑に思われていたようなんです。

なぜかというとオリンピックではシルクハットに扇子という目立つ格好で応援していたのですが、同じように大相撲の観客席でも同じような服装で見ていたとのことなんです。

さらに人気の力士の名前が印刷された紙を周りに配っていたりしていたりして、このようなことを迷惑行為だと思われていたようです。

オリンピックはお祭りという感じですが、大相撲はそうではない雰囲気ですし、TPOを考えて行動したほうが良かったかもしれませんね。しかし、亡くなってしまって、逆に寂しいという方もいるようでした。

テレビにめっちゃ映るど真ん中のポジションも凄いですよねwww

ちなみに朝乃山が推しという情報も・・・