芦田淳(あしだじゅん)の経歴学歴と娘は?出身は韓国で姪の芦田りらは林郁夫の妻?



ファッションデザイナーの芦田淳さんが
都内の自宅で88歳で死去したことが
報じられました。

そこで彼の経歴学歴や
妻や娘、そして姪の芦田りらさんが
地下鉄サリン事件の林郁夫の妻
だということで調べてみました。

芦田淳さんのプロフィール(経歴学歴)

名前:芦田淳(あしだじゅん)
生年月日:1930年8月21日
年齢:88歳
生まれ:韓国全州市
学歴:東京高等学校

芦田さんは、韓国出身の
ファッションデザイナーで
株式会社ジュンアシダの
代表取締役会長でした。

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生まれは、日本統治時代の朝鮮
全羅北道全州という場所で
生まれたそうです。

京都府出身の両親の元で
生まれたということで、
日本人であるかと思われます。

出身校は私立東都高等学校で
卒業した後、師匠である
イラストレーターの中原淳一の
元で2年間秘書をしたそう。

その後、高島屋の顧問デザイナーを
したり、帝人の顧問デザイナーに
なったりしていました。

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その後の経歴は以下。

1963年:有限会社テル工房(現:ジュン アシダ)をオープン。プレタポルテの製作販売を始める。
1966年:当時の皇太子妃美智子の専任デザイナーとなる。以降、1976年まで10年間務める。
1976年:銀座みゆき通りに、自社ビル店鋪「ブティック・アシダ銀座」をオープン。
1977年:パリ事務所を開設。パリ・プレタポルテ・コレクションにデビュー。
1978年:テル工房を株式会社ジュンアシダに変更。
1989年:パリのフォーブル・サントノーレ街にブティック「アシダパリ」をオープン。
1993年:皇太子徳仁親王妃雅子の御成婚衣装を拝命。
1993年:代官山フォーラムに「ブティック・アシダ本店」オープン。
1994年:広島アジア大会、日本選手団の公式ユニフォームをデザイン。
1994年:社団法人科学技術国際交流センターに芦田基金を設立。
1996年:アトランタオリンピック、日本選手団の公式ユニフォームをデザイン。
2001年:生産管理・縫製部門を分社し、株式会社ジュンアシダ生産本部を設立。
2013年:株式会社ジュンアシダ代表取締役会長。
出典:Wikipedia

皇室のデザイナーなんてすごすぎますね!

しかもパリにも事務所を作っていたなんて
すごいです。

個人的には全然しらない
デザイナーさんですが、
業界では相当有名なんでしょう。

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ANAのユニフォームデザイン
なんかもしてすごいです!

芦田淳さんの家族は?

妻は会社の副社長をしている
芦田友子さん(1933年1月22日)、
そして子供は何人かいるようで
次女は芦田多恵さんという
ファッションデザイナーだそうですよ。

細かいことはわかりませんが、
デザイナーの家族って
やっぱりファッションセンスが
すごそうですよね。

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芦田淳さんの姪が林郁夫の妻?

芦田さんの兄の娘が芦田りらさん
といって麻酔科医だったようで
慶應義塾大学医学部にいたようなのですが、
あの地下鉄サリン事件の主犯の一人、
林郁夫の妻なんだそうです。

ちなみに、芦田りらさんさんも
オウム信者の指紋除去手術などを
夫と一緒に行ったということで
逮捕されたこともあるようですよ。

芦田淳さん一家は、さすがに
この事件関係とは縁を切っている
とは思いますが、皇室の
デザイナーまでしている人の
血縁者にこのような親族が
近くにいて驚きですよね・・・

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