猪狩ともかの経歴学歴大学と事故現場や現在は?両親(父親母親)とのリハビリも調査!


アイドルグループ「仮面女子」の猪狩ともかさんが、都内で歩行中に強風により倒れてきた看板に当たって脊髄損傷し両下肢麻痺になり車椅子生活を余儀なくされました。

そこで彼女の経歴や学歴、事故現場や現在、そして両親についてなどまとめてみました。

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猪狩ともか直撃看板所有の湯島聖堂の謝罪や慰謝料はいくら?責任の所在はどこにある?

2018.05.08

猪狩ともかさんが強風で倒れた看板に直撃

2018年4月に都内を歩行中に強風により急に倒れてきた看板がアイドルグループ仮面女子の猪狩ともかさんに直撃したことで負傷しました。

それから5月7日には、脊髄損傷による両下肢麻痺(りょうかしまひ)で車椅子生活を余儀なくされたことがわかっています。その他にも同時に裂傷、頭部挫創、骨折(脚、肋骨、胸椎、腰椎)のケガも負っています。

彼女は、ブログを更新し自身の症状を伝えた上で今後も仮面女子として芸能活動を続けていくことを発表し、作詞や出版なども手がけることを書き記していました。両下肢麻痺(りょうかしまひ)とは、簡単にいうと両足が麻痺して動かせなくなることです。原因は、今回の場合、脊髄損傷で人のような脊椎動物が持っている神経の要です。

この脊髄から全身へ枝を伸ばしていてこの脊髄が損傷すると、場所によって、体の様々な箇所が麻痺して運動ができなくなります。

これは、本当に災難な事故です・・・看板が強風で飛ばなければ・・・たまたまそこを歩いていなければ・・・いろいろな要因が重なってこのようなことになったかと思いますが本当につらい事故です。

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猪狩ともかさんのプロフィール・経歴学歴

名前:猪狩 ともか(いがり ともか)
生年月日:1991年12月9日
年齢:27歳
出生地:埼玉県
身長:153cm
活動期間:2014年5月-
所属グループ:仮面女子
事務所:アリスプロジェクト

猪狩さんは、埼玉県出身で現在27歳のアイドルです。この若さで両下肢麻痺は本当にショックですよね。

所属事務所はアリスプロジェクトでアイドルグループ「仮面女子」のメンバーです。

今からちょうど4年前、2014年5月からアリスプロジェクトに所属してスライムガールズというアリスプロジェクトの中では一番下のグループからはじめます。そしてこのスライムガールズで実力を見出されるとOZ又はぱー研!というグループへ昇格するようです。

猪狩さんは、2ヶ月後の2014年7月にスライムガールズを卒業してOZに加入します。それから2015年9月には立川駅にある商業施設10周年を迎えた試みで生まれた「アレアガールズ」というユニットに加入します。

2017年2月にアレアガールズを卒業してOZの上位ユニットとなるスチームガールズに昇格します。そして、2017年2月に仮面女子に正式加入となり現在に至ります。

猪狩さんは、仮面女子の中では最も下積み歴が長いそうです。そんな中でもアイドルを辞めずに
努力し続けた結果が仮面女子に加入できた理由かもしれませんね。

そんな猪狩さんの出身高校ですがわかっていません。しかし、専門学校に進学したようで管理栄養士の資格を取得しています。大学には行っていないようですね。

ちなみに地元埼玉の西武ライオンズの大ファンだそうで西武ドームでライブすることが夢だそうで、なんと2017年9月にはもうひとつの夢である西武ドームで始球式を務めました!しかも始球式は2度目というのが凄いです。ライブも夢ではありませんね!

こんな映画にも出演することに。もしかすると車椅子になる前より売れまくっているかもしれません。

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猪狩ともかさんの事故現場はどこ?

では、今回猪狩さんが看板が直撃した現場はどこなのでしょうか?

それは文京区にある湯島聖堂という建物付近で、その看板も湯島聖堂の案内板だったと言います。

縦2.8m、横3.8mの木製の看板だったようです。それほど高い位置に設置されていたわけではなく高くとも地上から4、5mほどだったかと思われます。しかし、強風が本当にすごかったらしく、歩道側に倒れてきたそうです。

湯島聖堂についてはこちら。

湯島聖堂(ゆしませいどう)は、東京都文京区湯島一丁目にある史跡。江戸時代の元禄3年(1690年)、江戸幕府5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟であり、後に幕府直轄の学問所となった。JR中央線の御茶ノ水駅聖橋口からでて、聖橋を渡り右手の森の中にあり、「日本の学校教育発祥の地」の掲示がある。

湯島天満宮(湯島天神)とともに、年間(特に受験シーズン)を通して合格祈願のために、参拝に来る受験生が訪れる。特に、合格祈願の鉛筆を買っていく受験生の姿が多く見受けられる。国の史跡に指定されている。
出典:Wikipedia

これは、歴史ある建物ですね・・・場所は御茶ノ水駅の目の前にあるんですね。駅前ということは場所的にどんな人でも看板に当たっていた可能性がありますよね。人通りが多い多いですし。

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猪狩ともかさんの現在や両親(父親母親)は?

そして猪狩ともかさんの現在は車椅子のままではありますが、復帰してアイドル活動を継続しています。そして、1年間密着したということで、ザ・ノンフィクションで放送されます。

猪狩さんの父親は定年退職を2年後に控えていた公務員だと言います。58歳ほどでしょうか?救急救命士としても働いていたこともあったようで、事故直後に医師から負傷した場所の画像を見せてもらった時には深刻さを把握していたということです。

そして、ともかさんの車椅子生活を支えていこうと思った時にともかさんがアイドルを続けると言ったそうです。ともかさんは、ライブをやりきる体力もなく、事務所には障害者を見世物にするなというクレームも入ってきたと言います。

しかし、ともかさんは自分の夢を諦めないということでアイドル活動を続けていたので、父はそれをずっと支えてきたようです。また、ともかさんには兄がいるようで、父親はともかさんの兄の「歩けなくたっていいじゃん、生きてるんだから」という言葉に励まされたということでした。

母親については不明ですが、ザ・ノンフィクションに登場するかもしれません。

リハビリについては、3ヶ月の入院とリハビリで2018年8月にステージに復帰しています。事故が起きたのは4月ですので、4ヶ月で復帰しました。

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猪狩ともかさんの両下肢麻痺は完治する?

猪狩さんの脊髄損傷によって起きた両下肢麻痺は完治するのか?ということについて誰もが気になっているかと思います。

彼女のブログにも書いてありましたが基本的に治ることは難しいです。しかし、リハビリを頑張れば、奇跡的に脚が動くこともあるとのことです。

麻痺の原因は脊髄の神経組織が破壊されたことによるものだそうですがこの神経を再生させることが
研究が進んできているとはいえ実用にまでは遠く、難しいそうです。

ですから、本当に奇跡が起こらないと完治は難しいものだそう。ですからこのまま一生車椅子生活というのが、通常の結論になります。

それでも立って歩けることを信じたいですよね・・・

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まとめ

彼女のブログを見ると本当に涙が出てくるのですが、なぜかというと、もう一生歩けないのではないかという絶望の中なのにこの記事は本当に前向きで普通では考えられない素敵な内容です。

この記事を見たら応援しないわけにはいかないくらい、彼女のことを応援したくなると思います。脊髄損傷で両下肢麻痺だと精神科医もつくそうで、精神面的にもショックが大きいものだからだそうです。

事故が起きてから1ヶ月でこんな前向きなことを言える彼女を応援してあげてください。まだ読んでない人はぜひ、彼女のブログの記事を読んでみてください。

大切な皆さまへ

猪狩ともか直撃看板所有の湯島聖堂の謝罪や慰謝料はいくら?責任の所在はどこにある?

2018.05.08